}PSTAFFuO

遭難の歴史

愛知大学山岳部薬師岳遭難と富山県登山届出条例

三八豪雪と言われた昭和38年1月、薬師岳(北アルプス)を目指していた愛知大学山岳部パーティー13人が、豪雪の中ルートを間違え全員死亡した事件。東南尾根に入り込んでしまったことが原因とされた。また、地図とコンパスを太郎小屋に残し、アタックの時には持たなかったことが後で判り厳しい指摘も受けた。

朝日新聞の天声人語では「大がかりな空陸捜索隊の費用は1000万円を遙かに超すだろうと言われる。警察自衛隊の出費も大きい。個人の場合だと一家破産することも珍しくない。山登りする者は遭難保険でもかけて。救助・捜索費に充てることも考えねばならない」と苦言を呈した。

この大量遭難をきっかけに、富山県登山届出条例ができ、また、山岳遭難保険も加入者が増加したのもこの遭難がきっかけだという。

エポックメイキングな事件や遭難はお復習いしておこう。へー助の大先輩もこの三八豪雪に剣に入り、汽車が不通になり会社で大目玉をくらったと言っていました。

Category: 未分類, 難問・愚問・イチャモン