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検定対策 登山史と人物

こんにちはHooterです。
今回は登山史と人物
人物は登山史と関係が深いのであわせて対策をたてましょう。

 

対策としてお勧めなのは、年表を作成することです。
年表では、①初登頂・偉業達成、②遭難事件、③山小屋・登山道開設、④その他の重要な出来事で、西暦・出来事・関係者の氏名をおさえます。

 

今回は検定対策のときに作成した年表の一部を紹介します。

少し見にくいかもしれませんがご容赦を(もともとはエクセル表なので)。
出来事や人文はメモ感覚で書いた文言なので、正式な名称などは皆さんで確認し補完してください。

 

1584  ザラ峠越え(さらさら越え)  佐々成政
1786  モンブラン初登頂(近代登山幕開け)  パッカール・パルマ
1816  甲斐駒ケ岳開山  小尾権三郎
1828  槍ヶ岳開山  播隆上人
1832  女性の富士山登頂  高山たつ
1860  富士山登頂  英国公使オルコック
1865  マッターホルン初登頂  ウィンパー
1871  北岳開山  芦安の名取直衛
1874  六甲山縦走  ガウランド(英国)、サトウ
1881  中部及び北部日本旅行案内発行  アーネストサトウ
1881  日本アルプス命名  ガウランド
1881  戸台から甲斐駒ケ岳登頂  高橋白山
1883  白馬岳登頂  渡辺敏
1892  乗鞍岳、槍ヶ岳、赤石岳登頂  ウェストン
1893  三角点選点(白馬、前穂、御嶽、赤岳)   陸地測量部 舘潔彦
1894  日本風景論 刊行   志賀重昴
1895  厳冬期の富士山初登頂・夫婦で気象観測   野中到
1896  日本アルプス登山と探検 刊行   ウェストン
1900  ネパールからチベット入り   河口慧海
1901  長野高等女子学校が戸隠山へ集団登山
1902  八甲田山雪中行軍中の遭難
1902  槍ヶ岳   小島鳥水
1902  北岳、間ノ岳、仙丈ケ岳   ウェストン
1903  立山方面の氷河圏谷を発見  山崎直方
1904  鳳凰三山(オベリスク)登頂   ウェストン
1905  岳沢から前穂登頂   鵜殿正雄
1905  日本山岳会 創立 (1906:「山岳」発行)   小島鳥水ら7名
1906  白馬岳山頂に初の山小屋開業   松沢貞逸
1907  剱岳初登頂 陸地測量部   柴崎芳太郎
1907  白峰・鳳凰両三山の初縦走   石塚末吉
1908  燕⇒槍⇒笠ケ岳初縦走   石川光春
1910  ユングフラウ(4158m)登頂。初4000mサミッター   加賀正太郎
1911  スキー伝授   レルヒ
1912  奥穂⇒西穂初縦走   鵜殿正雄
1913  槍ヶ岳⇒剱岳縦走   木暮理太郎・田部重治
1913  木曽駒ケ岳 高校生大量遭難
1921  アイガー東稜を初登攀   槇有恒
1922  涸沢合宿   槇有恒
1922  喜作新道開通
1923  立山遭難。板倉勝宣疲労凍死   板倉勝宣
1923  北アルプス針ノ木越えを動画撮影   伊藤孝一、百瀬慎太郎、赤沼千壽
1923  女性の穂高⇒槍の初縦走   村井米子
1924  RCC結成   藤木九三
1925  カナダアルバータに初登頂   槇有恒(日本山岳会)
1925  滝谷初登攀 藤木九三、早大同日
1925  黒部下の廊下を完全遡行(十字峡発見)   冠松次郎、宇治長次郎
1928  前穂高で滑落死   大島亮吉
1930  剱沢小屋の雪崩事故   窪田他吉郎(東大)
1930  山と渓谷創刊   川崎吉蔵
1930  谷川岳一ノ倉沢奥壁登攀   小川登喜男
1931  冬季単独北ア縦走   加藤文太郎
1931  前穂東稜松高ルンゼ開拓   国塩研二郎
1936  冬北鎌尾根遭難   加藤文太郎
1936  ナンダコート初登頂(日本人初のヒマラヤ)   堀田弥一(立大)
1940  日高山脈ぺテガリ岳で遭難(北大)8人死亡   有馬洋
1941  白馬岳に風景指示盤を設置   小宮山正
1949  北鎌尾根遭難(風雪のビバーク)   松濤明・有元克己
1950  アンナプルナ初登頂   エルゾーク

1950年以降の続きは、次回で紹介します。

 

こうしてみると海外の山のことが多いですね。
アイガー(槇有恒)、アンナプルナ(人類初の8000峰登頂)、マナスル(日本隊が初登頂した8000峰)は知っておきたいところです。
次回ですが、エベレスト日本人初登頂や女性初登頂などもおさえておきましょう。

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